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ダイスリーディング〜知識ゼロからの日蓮

おかぴー@五軒家統括です。

知識ゼロからの日蓮 (渡辺宝陽著)を読みました。
以下にその内容をまとめたいと思います。

日蓮は日蓮宗の開祖です。日蓮が生まれ生きた時代は天災や飢饉、疫病が相次ぎ、人々が塗炭の苦しみに直面していた時代でした。日蓮は、これらの苦しみの原因が、釈尊が乱れた時代を救う『法華経』の教えが見失われたためである、と考えました。

○日蓮の一生
日蓮は1222年(承久4年)に安房国(あわのくに:現在の千葉県南部)長狭郡東条郷(ながさのこおりとうじょうのごう)の小湊という地で漁夫の子として産まれました。すくすくと成長した日蓮は、12歳のとき、生家から十数キロ離れた山中にある天台宗の寺院、清澄時(せいちょうじ)に預けられ、修学を開始しました。16歳の時、道善房(どうぜんぼう)を師として正式に出家得度し、名前を是聖房蓮長(ぜしょうぼうれんちょう)と改めました。

このころ世の中には八宗、十宗にも分かれた仏教が教えを広めていました。仏教は一人の釈尊が説いた教えであるのに、どうしてこんなに分かれているのか?、どの宗派も国の安泰、民の幸福を祈っているのに災いがこうも続くのか?、何が正しいのか?、日蓮は悩み続けます。世の安穏を実現する教えを探し求めていた蓮長は、仏教のすべてを知り尽くしたいという使命感に溢れていました。蓮長は修行を重ね、さらに仏教について学ぶために比叡山に遊学し、徹底的な仏教研鑽に努めました。その結果、来世ではなく現世での在り方を問い、今を活き活きと生きることを説いた『法華経』こそが混迷の世の人々を救う真の教えであるという確信を持ちます。

蓮長は32歳のとき、長い遊学を終えて清澄寺に帰ってきました。蓮長は帰ってきた清澄寺にて建長5年(1253年)4月28日に、初めて「法華経を心の拠り所にします」という意のお題目「南無妙法蓮華経」を唱えました。そしてこのときから、自らを新たに「日蓮」と名乗るようになります。法華経のように太陽の如く明らかで、蓮華の如く清らかでありたい、との願いを込めた「日蓮」という名は、法華経の行者として生き抜く決意のあらわれでした。これが日蓮宗のはじまり、立教開宗の日になります。

この後、日蓮は人々に法華経の教えを説き続けましたが、それはもう苦難の連続でした。そのころ既に存在していた仏教を支援していた幕府や朝廷の反感を買い伊豆や佐渡に流されたり、襲撃されて片腕を折られたり、処刑されそうになったり。(鎌倉松葉谷(まつばがやつ)草庵焼き討ち事件、伊豆流罪事件、小松原法難、龍ノ口での斬首の危機)

数々の苦難を身に受けた日蓮でしたがくじけることはありませんでした。それどころか、迫害を受けるのは法華経を広める者の証と、自分の行いの正しさを再認識しました。その強い意志を曲げることなく法華経を広める日蓮聖人の姿に人々は心を動かされ、次第に教えに帰依する人の輪が大きく広がり始めました。するとその力を恐れた幕府によって、今度は佐渡に流されたりしました。(逆境!逆境!逆境!!)

日蓮は過去に、混迷する国家の救済を目指した渾身の書『立正安国論』を記していました。その中で、そもそも世が乱れる根本的な原因は、来世での救いしか求めない民衆の誤った信仰や、加持祈祷のみに頼る幕府の間違った政策にあると断言し、幕府が行いを改めなければ、国内は更に乱れ、外国からの攻撃も受けるにいたるだろうと予言していました。この予言は、1274年の蒙古の襲来の形(文永の役)で現実になりました。この一件を経験した幕府は日蓮聖人の流罪を解き、鎌倉に呼び戻します。しかし日蓮は、幕府が『立正安国論』の真意を汲み取ろうとしていないことを悟ると、鎌倉を離れ、山梨にある身延山(現在の身延山久遠寺)へと入山しました。日蓮は、この地で、国の将来を見据え、法華経を受け継ぎ、それを広めることができる仏弟子の教育・育成に力を注ぎました。(後に、この身延山で学んだ弟子や信徒らによって、教えは全国へと広がっていきます。日蓮の死後、日蓮宗の発展に貢献した人々については、本の最後の方で紹介されていました。)

9年間に渡り弟子の育成を続けた日蓮聖人は、1282年、61歳のときに、長年の厳しい生活で崩した身体を癒すため常陸(ひたち)の国(現在の茨城県)の湯治場へ向かいました。しかし途中、池上宗仲の屋敷(現在の東京都・池上本門寺)で容態が悪化し、ついには立ち上がることもできなくなりました。それでも最後の力を振り絞り、弟子たちに『立正安国論』の講義をしたそうです。

そして同じ年(1282年)、10月13日の朝、日蓮は弱冠13歳の経一丸(きょういちまろ、後の日像上人)を枕元に呼び京都での布教を託すと、多くの弟子、檀家の読経に包まれながら、61歳の生涯を閉じました。

○日蓮の教え
この本には日蓮聖人のことだけでなく、現代にも通じる日蓮の教えについても記されています。

自分を成長させるために必要なこと、苦難を乗り越える力について、ともに成長する夫婦の姿、毎日をよみがえって生きることの大切さ(このよみがえる、というのは仏道を成就する道を見失った人間が、法華経に帰依することによって、生きる現実世界において新たにリセットされる、ということだと思います)、己を知ることの大切さ、好機の裏に潜む危機について、人として生まれたことの素晴らしさ、法華経を知るということ、毎日を心して生きることの大切さ。これらを伝える日蓮の珠玉の言葉が綴られています。

これらの教えは、日蓮が様々な苦難を経験し乗り越えて行く中で経験したり学んだりしたことなのでしょう。これらの教えに目を通していると、日蓮が身に降り掛かる災難の中でも腐ってしまわなかったのは、日蓮自身の持つ使命感、強さだけではなく、どんな悲惨な状況下でも献身的に自身を支えてくれる人々の優しさ、温かさがあったから、のように感じられます。

ここで、教えの中から心に残ったものをふたつ。

『善知識に値(あ)ふ事が第一の難き事なり。されば、仏は善知識に値(あ)ふ事をば一眼(いちげん)の亀の腐木(ふぼく)に入り、梵天より糸を下げて大地の針の目に入るにたとへ給へり。』(三三蔵祈雨事(さんさんぞうきうのこと))
訳:人として仏道に導き、解脱を得させる指導者(善知識)に出会うことが最も難しいことです。仏陀は、そのような指導者に出会うことを、片方の目しか見えない亀が流木の穴に入るようなものであるとも、天空の遥か上空にある梵天から糸を垂らして大地の上にある針の穴に通すようなものであるとも述べられています。

日蓮が述べる善知識(指導者)とは仏教上の指導者を意味していますが、この教えは仏教という枠組みを越えて、一般的に言えることだと思います。単なる技術や知識の教授に留まらず、人間としての生き方や生きる意味の根源に影響を与えられるような指導者に出会えた人は、とても幸せだと思います。

『今の世には何ともなくとも道心をこりぬべし。此世(このよ)のありさま厭ふともよも厭われじ。』(兄弟抄)
訳:凡人は、厳しい世の中だと考えると、全てが嫌になってしまいます。けれども、よく考えてみれば、末法の世に生まれあわせたからこそ、この世の喜びも悲しみも、その全てが見えてくるのです。
(道心は、仏教では仏道に帰依する心を指します。)

僕は「人というのは、基本的に周囲の環境を『変化』でしか認識できないのではないか」と考えています。膨大な情報に溢れる自然の中でスムーズに生きて行くためには、瞬間、瞬間に自身の中に入ってくる情報の絶対値を処理するよりは、変化を認識した方が情報量も少なくなり効率が良いのではないか、と考えるからです。つまり、僕自身は、人間は微分で生きている生物だと思っています。そのために、感覚では捉えているのに認識できないでスルーしてしまう事柄も多く存在していると思います。

身の回りは、うまくいかないことで溢れています。自分の置かれた環境の不遇さに嘆くこともあるでしょう。しかし、そういうネガティブな環境にいるからこそ、感情のベースラインが低下し、日常に潜む些細な喜びに敏感になれるかもしれません。普段は当たり前だとスルーしていたものに、ある瞬間、それまでなかった感動を感じられることもあるでしょう。そのように考えると、生きていることの幸せを改めて感じるためにも、定期的に不幸に身をさらすことは必要かもしれない、とも思います。

今回の読書で、日蓮の生きるパワーを感じました。逆境を乗り越えるための哲学についても学ぶことができた気がします。震災や風雨といった度重なる天災に見舞われ命を落とす人々が多数存在し、またそれ以外でも理解しがたい事件に溢れている現代。このような現代だからこそ、単に来世に望みを託すのではなく現世での生き方を問い、今をいかに充実して生きるかを説いた日蓮の教えが色褪せることなく光輝き、人々に希望を与えるかもしれないですね。

興味を持った方は、是非ご一読を。おかぴーでした。

おかぴー


ダイスリーディング〜空海と真言宗〜

まさひろ@メディカル担当です.

前回記事の通り, ダイスリーディングで読んだ本のまとめを乗せます.

【タイトル】
「あなたの知らない空海と真言宗」
Amazonより購入可能です.

あまり詳細を載せると本のネタバレになりますので, ここでは空海という人がどんな人物で,
一体なにをして, それは現在の僕らの生活にどう影響を残しているのかの3点についてのみ書き記します.

〜空海の人物像〜
西暦774に現在の香川県に生まれた空海.
幼少の頃から読み書きなど教わることは何でも一度で飲み込むほどの聡明な方だったそうです.
また, 泥を練って仏像を作ったりと, 当時から仏教に親しみがあったそうです.
18歳の時に現代でいうところの大学に入学しましたが(現在の奈良県へ), 貴族が出世をすること以外に意味のなかった大学生活に疑問があったこと,
さらに, 当時学ぶ学問が空海にとってあまりに簡単ですぐに退屈してしまい, 満たされない日常を送っていたそうです.
そんな空海はほどなくして, 幼い頃から慣れ親しんだ諸大寺に通うようになりました.
そこで, とある僧から「虚空蔵求聞持法」という修法を授かりました.
虚空蔵求聞持法とは, 無量の智恵を福徳を備えた虚空菩薩の真言(仏の真実の言葉)を百万回唱えれば呪力が身につき,
超人的な記憶力と理解力が得られるというものだそうです (ホンマかいな…???)
ともあれ, この修法を身につけたことを契機に空海は仏の道を目指すようになりました.

〜何を成し遂げたのか?〜
その後, 修行を重ねるうちに空海はとある書物と出会いました.「大日経」です.
大日経とは真言密教というインド仏教について書かれた書籍で, そのあまりの難解さに空海以外の僧侶は見向きもしなかったようです.
この書籍は聡明な空海をもってしても理解できないところが多数あり, その内容を知りたいと願った空海は,
当時密教を学ぶメッカである中国・唐に留学することを決意しました.

(留学に関しても前途多難な道のようでしたがここでは割愛)

唐への留学に成功した空海.
首都長安で彼は, 梵語(サンスクリット語)の習得と密教の情報収集を行います.
その過程で, 恵果という僧侶から密教の修法・秘儀の全てを伝授され, 正式な真言密教の祖となります.
こうして, 密教の正統は中国から日本へと伝わるようになりました.

帰国して都に戻った空海は, 唐から持ち帰った知識・技術を遺憾無く発揮して日本に真言密教、真言宗を広めて行きます.
鎮護国家を祈る加持祈祷
神仏習合信仰(それまで日本にあった神道とインドより入った仏教とを融合させた信仰体系)
などを世に広め, そして真言宗の本山、高野山を開くこととなります.

余談ですが, 空海は死後「弘法大師」という称号(諡号)を授かります.
「弘法、筆を選ばす」「弘法も筆の誤り」の弘法様です.
空海が唐への留学, 帰国後真言宗を世に広めることができたのは彼が書の達人、文章の達人であったからであるとの逸話も残されています.

「弘法、筆を選ばす」という諺は
どのような粗悪な筆でも使いこなすので能筆家だという意味ではなく,
道具の手入れを怠らず, 書の出来の悪さを道具のせいにしないという戒めの言葉が正しい意味なのでそうです.
誤用していました. すみません.

〜それは現在の僕らの生活にどう浸透し、継承し、生き続けているのか?〜
お遍路という習慣を作ったのも空海です.
いつか自分も四国八十八ヶ所巡りをしたいものですね.
また, 「密教の教えの本質を得る」という意味をもつ曼荼羅も真言宗のものであることを初めて知りました.

他にも身になる内容たっぷりの書籍, ぜひご一読あれ, です◯

【余談】
現在住んでいる名古屋にある大須観音(宝生院)も真言宗の一派であることを今更ながら知りました.
なんともはや, 灯台下暗しですね^^;(違

一家に一冊は置いておいてもよいと思える本です.
偶然とはいえ, こういった面白い書籍と出会える「ご縁」に感謝です.

さて, 来月はまたどんな本に巡り会えるのやら.
少しの不安と, 大きなワクワク.

それでは▽


Team Gokennya の新しい遊び

まさひろ@メディカル担当です.

本日はタイトル通り, 我らがTeam Gokennyaのメンバーの一人が新しい遊びを考案したので,
それについて簡単に語りたいと思います.

題して

「The Dice Reading」

  1. 大きな数字も出せるサイコロアプリでサイコロを3回振って, 出た目を記録する
    (例:15-11-7)

  2. 書店に行き, その数字に対応する本棚にある本を探し当てて購入
    (先の例で言うと, 例えば書店の右端から数えて15番目の本棚の, 上から11番目の棚の, 右から7番目に置いてある本)

  3. その本を一ヶ月で読んで, 月末にその本についてのレポートを書いて当ブログにアップする

(注釈:)
もし2. で引き当てた本があまりに高価だったり,
またブログにアップするには不適切な内容であった場合は
出た目の数字を巡回置換して再度本を見つける.(先の例では7-15-11)
また, 本棚の数え方は自分で好きに決めていい(右からカウントしても本棚の上からでも下からでも, など)

普段, 僕らが本を買う・読むときは自分の興味の範囲内でしか書籍を選ばないでしょう.
それでは知識に偏りが出てしまうということで, 偶然かつ突然思いついたゲームです.

…で, 上記のルールに従って僕が最寄りの本屋で見つけた本がこちら↓

写真 2015-01-04 22 14 31

…仏教やん(´Д`;)!

いやはやどうなることやら, です.

月末の書籍報告までみなさまどうぞ気楽に待っていてくださいな.

それでは▽